華麗なる経歴を持つ久子さまが、昭和天皇の甥にあたる高円宮憲仁親王(当時は三笠宮家の憲仁親王)と結ばれることになった経緯には、まるで映画のワンシーンのようなドラマがありました。
大学卒業後、翻訳会社や国際会議の運営など専門職として自立したキャリアを積んでいた久子さま。運命の歯車が動いたのは、1984年4月23日、カナダ大使館で開催されたレセプションパーティーでのことでした。当時、中近東文化センターや国際文化交流に尽力されていた憲仁親王と、第31回国際アジア・北アフリカ人文科学会議(CISHAAN)の事務局で通訳・調整役として八面六臂の活躍をしていた久子さまが初めて言葉を交わされたのです。
当時の報道や皇族担当記者の証言によれば、憲仁親王は久子さまの知的な受け答え、洗練された英語の発音、そして何よりも周囲をパッと明るくする天真爛漫な笑顔に一瞬で心を奪われたといいます。皇族という立場にとらわれず、知性ある対等な対話ができる女性を求めていた憲仁親王にとって、久子さまはまさに理想のパートナーでした。
交際は電撃的なスピードで進展しました。出会いからわずか1ヶ月後の1984年5月20日、憲仁親王はカナダ大使館の地下にあるスカッシュコート脇の電話室から久子さまに電話をかけ、「Will you marry me?(私と結婚してくれますか)」と英語でプロポーズされたという逸話はあまりにも有名です。久子さまが「Well, yes.」と答えられたことで、昭和59年12月6日、お二人は晴れて結婚の儀を迎え、新たな宮家「高円宮家」が創設されました。