グラスワンダー有馬記念連覇の真相!4Cm差の死闘と武豊の誤算

グラスワンダー有馬記念連覇の真相!4Cm差の死闘と武豊の誤算

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グラスワンダーの有馬記念連覇を語る上で欠かせないのが、その前年、1998年の有馬記念です。2歳時に朝日杯3歳ステークスをレコード勝ちし、「マル外の怪物」と恐れられながらも、右後肢骨折により春のクラシック(皐月賞・日本ダービー)を棒に振るという過酷な運命を辿りました。

秋に復帰したものの、毎日王冠5着、アルゼンチン共和国杯6着と精彩を欠き、世間からは「怪童は終わった」と囁かれていました。当時の競馬ファンの関心は、クラシック戦線を沸かせたセイウンスカイや菊花賞馬メジロブライトへと移っていたのです。しかし、主戦の的場均騎手と管理する尾形充弘調教師だけは、その怪物の資質を微塵も疑っていませんでした。

迎えた1998年有馬記念。4番人気まで評価を落としていたグラスワンダーは、的場騎手の冷静な手綱さばきに導かれ、直線で鋭く伸びてメジロブライト以下を退けて完勝を果たします。この勝利は単なるG1制覇ではなく、どん底の骨折休養から這い上がった「不屈の復活劇」でした。この劇的な復活があったからこそ、翌1999年の宝塚記念、そして有馬記念連覇へと続く伝説のレールが敷かれたのです。

山田 真由
著者

山田 真由

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