事態の発端となったのは、リーマン・ショック後の世界的な金融危機を収拾するために召集された2009年2月14日のG7ローマ会議でした。当時、麻生内閣の要として財務大臣と金融担当大臣を兼任していた中川昭一氏は、世界経済の崩壊を防ぐための極めて重要な国際交渉に臨んでいました。
会議終了後に行われた共同記者会見に、中川氏は日本銀行の白川方明総裁(当時)とともに登壇しました。しかし、着席した瞬間から異変は明らかでした。伏し目がちに目を閉じ、記者の質問を聞き間違えて日銀総裁の答弁に割り込み、呂律が回らないまま不明瞭な発言を繰り返したのです。この異様な様子はロイターやブルームバーグなどを通じて全世界に生中継され、「日本の財務相が泥酔状態で国際会議に登壇した」というセンセーショナルな見出しとともに世界中を駆け巡りました。
会見場には、財務省の事務方トップである篠原尚之財務官や玉木林太郎国際局長(いずれも当時)ら中枢官僚が同席していました。壇上ですぐ後ろに控えていた官僚たちがなぜ会見を制止しなかったのかという初動対応の遅れも、後に国会やメディアで激しい追及を受ける要因となりました。
さらに会見終了後、中川氏が私的に訪れたバチカン美術館において、立ち入り禁止区域に足を踏み入れたり美術品に触れようとしたりして警報器を作動させたという「バチカン美術館騒動」が報じられます。帰国直後、国内外メディアの批判は頂点に達し、野党からの問責決議案提出の動きも重なり、中川氏は2月17日に辞意を表明。会見からわずか3日後のスピード辞職に追い込まれました。