注連縄を外すタイミングを決定づける最大の要素が「松の内」の解釈だ。松の内とは、新年の福徳をもたらす年神が家に滞在しているとされる神聖な期間を指す。この期間が明けるとともに、注連縄や門松を取り払うのが日本の伝統的な作法となっている。
現在、関東を中心とする東日本では「1月7日の朝」に外すのが標準的だ。7草粥を食べる日の朝、神様をお送りする意味を込めて飾り納めをする。一方、関西や近畿圏をはじめとする西日本では「1月15日(小正月)」まで飾り続ける家庭が主流を占める。
この8日間のズレは、江戸時代の歴史的事件に端を発している。江戸幕府は寛文2年(1662年)、江戸市中に対して1月7日をもって正月飾りを取り払うよう命じるお触れを出した。明暦の大火をはじめとする相次ぐ大火災の教訓から、乾燥した冬場に燃えやすい松飾りや藁を長期間放置することを危険視したためだ。この幕府の号令が関東一円に定着する一方で、江戸の統制が直接及びにくかった関西や北陸、九州の一部などでは、古来の「小正月まで飾る」という風習が色濃く残り続けた。
神社本庁の見解においても、正月飾りの取り扱いには厳格な全国一律の罰則規定があるわけではなく、それぞれの地域で受け継がれてきた伝統や社寺の指示を尊重することが推奨されている。隣近所の様子や自治体の回収スケジュールと照らし合わせながら、自らの生活圏に根ざした基準を選ぶことが肝要だ。