桜良が放った名言の中でも、読者の人生観に最も強い影響を与えているのが「偶然じゃない。私達はみんな、自分で選んでここに来たんだ」という言葉です。
病院のロビーで「僕」が偶然『共病文庫』を拾ったことから始まった二人の奇妙な交友関係。「僕」はそれを単なる天文学的な偶然、あるいは避けられない運命のように捉えていました。しかし桜良は、その見方を毅然と否定します。
「運命なんかじゃない。君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私達を会わせたの」
このセリフは、自らの人生を他者や運命のせいにせず、自らの意志で引き受ける「自己決定」の覚悟を象徴しています。桜良は病気という理不尽な宿命を背負わされながらも、その残された日々を誰とどう過ごすかという選択において、完全に主体的であり続けました。地味で人付き合いを嫌う「僕」に近づいたのも、桜良自身が選んだ行為であり、「僕」が彼女の強引な誘いに応じ続けたのも、また「僕」自身の選択だったのです。
志賀春樹という名前が作中終盤まで明かされず、単に「【秘密を知ってるクラスメイト】」や「【仲の良いクラスメイト】」といった記号で呼ばれていた理由もここにあります。彼は他者との関わりを断ち、自分自身に名前(アイデンティティ)を与えることを放棄していました。そんな彼が桜良の生き様と死を受け止め、最後には自らの足で桜良の親友・恭子に会いに行き、「友達になってほしい」と自ら選択して伝える。名もなき「僕」が、主体性を持った一個の人間「志賀春樹」として生き直すこの変化こそ、本作が描き出した最大の人間讃歌です。