三澤屋の暖簾をくぐる来訪者が一様に息をのむのが、漆塗りの鉢に盛られたそばの上に、堂々と横たわる湾曲した一本の白ネギです。このインパクト抜群のスタイルは単なる現代の客寄せパフォーマンスではなく、歴史と地域の知恵が幾重にも重なり合って生まれました。
まず「高遠(たかとお)そば」という名称のルーツは、江戸時代初期に遡ります。会津藩の初代藩主となった保科正之公(徳川二代将軍・秀忠の子)は、幼少期を高遠藩(現在の長野県伊那市高遠町)で過ごしました。正之公が会津に入封した際、信州から持ち込んだ「大根の絞り汁と焼き味噌(または辛味大根のつゆ)で食べるそば」の食文化が会津一帯に定着し、藩祖の故郷に敬意を表して「高遠そば」と呼ばれるようになりました。
では、なぜ「箸の代わりにネギを使う」ようになったのでしょうか。三澤屋の創業当時のエピソードや現地記録によると、かつて会津地方の農村部では、ネギは薬味としてだけでなく「細く長く、白髪になるまで健康で暮らせるように」「物事が真っ直ぐ通るように」という縁起物として祝席に供されていました。茅葺き屋根の葺き替えや冠婚葬祭の際、集まった人々がネギをかじりながら酒やそばを振る舞われた風習に着想を得て、三澤屋の創業者が「一本の長ネギを箸に見立て、薬味を兼ねて丸ごとかじる」という唯一無二の提供方法を考案したと伝えられています。
ネギの根元側の曲がりをフックのように使ってそばをすくい上げ、麺をすすると同時にネギを少しずつかじるのが伝統的な食べ方です。ピリッとしたネギの辛味が、大根おろしと削り節が利いた冷たいつゆに見事なアクセントを加え、清涼感のある旨味を口いっぱいに広げます。