筋トレ解説動画やネット記事で頻繁に語られる「肩甲骨をしっかり寄せてベンチに固定すれば肩は絶対に痛めない」という言説は、バイオメカニクスの観点から見れば半分正しく、半分は危険な誤解を孕んでいます。なぜなら、肩甲骨を過剰に寄せる(最大内転)ことばかりに意識が向くと、広背筋や前鋸筋の機能が阻害され、肩甲骨がベンチ台に完全に押し潰されて「胸郭の上を滑走する自然な動き」を失ってしまうからです。
さらに見過ごせない盲点が、誤ったベンチプレス肩前部ストレッチによる関節包の弛緩です。肩の前側が痛むからといって、壁や柱に手をかけて大胸筋や三角筋前部を力任せにぐいぐい伸ばすストレッチを過度に行うトレーニーがいます。しかし、インピンジメントを起こしている肩関節は、すでに上腕骨頭が前方へ変位しやすく、前方の靭帯や関節包が緩んでいるケースが少なくありません。この状態で無理な伸張刺激を加えることは、前方不安定性をさらに助長し、関節をよりグラグラにさせて痛みを悪化させる逆効果となります。
また、ベンチプレスにおいて「バーを胸に必ずタッチさせなければならない」という固定観念も、骨格差を無視した危険なドグマです。胸郭の厚みや腕の長さ、肩関節の柔軟性は個人によって大きく異なります。腕が長く胸が薄い骨格の人が、無理にバーを胸骨に接触させようとすれば、上腕骨頭が関節窩から前方へ飛び出す動きを強制されます。ボトム位置は「胸につくこと」ではなく、「前腕が垂直を保ち、肩甲骨の安定が崩れない深さ」で設定するのが力学的な正解です。