水木しげるの生い立ちや散文詩的なエッセイを辿ると、このキャラクターに託された独自の思想が見えてくる。太平洋戦争での過酷な戦場体験を経た水木は、大義名分や綺麗事の虚しさを誰よりも知っていた。命を懸けて正義を貫くことの難しさを痛感したからこそ、「生きていたい」「得をしたい」という泥臭い本能を隠さない存在を描く必要があったのだ。
自伝的作品やインタビューの断片からは、著者が彼を自身の分身のように愛していた痕跡が伺える。欲に目がくらんで失敗し、惨めな姿を晒しながらも、ヘラヘラと笑って次の日を生きていく。その姿は、厳しい現実社会を泥塗れになりながら生きる私たち現代人の鏡像そのものと言えるだろう。