最高峰の名称を巡る歴史には、大英帝国の植民地主義と現地チベット・シェルパ文化の葛藤が色濃く反映されています。世界中が広く用いる「エベレスト(Mount Everest)」という呼称は、1865年にイギリス王立地理学会によって正式採用されたものです。これは、インド測量局の第2代測量長官を務め、インド亜大陸の大三角測量を指揮した陸軍軍人ジョージ・エベレスト卿の名にちなんで命名されました。
当時、測量局は現地での呼称を尊重する基本方針を掲げていたものの、ネパールとチベットの両国が外国人の立ち入りを厳しく制限していたため、現地調査が極めて困難でした。そのため、暫定的に付されていた番号「ピークXV(第15号峰)」に代わり、当時の長官アンドリュー・ウォーの強力な推薦によって英国人の人名が冠された経緯があります。
しかし、この山には数百年以上前から現地の人々によって祈りを捧げられてきた固有の名が存在していました。チベット側では古くから「チョモランマ(Qomolangma)」と呼ばれ、これはチベット語で「世界の母神」や「大地の母」を意味します。一方、ネパール側では1960年代初頭に政府によって公認された「サガルマータ(Sagarmatha)」というサンスクリット由来の呼称が使われており、「大空の頭」や「世界の頂」を指します。
登山史研究者の間では、「欧米中心主義的な命名を是正し、現地の信仰に基づいたチョモランマを国際標準とすべきではないか」という議論が幾度となく持ち上がってきました。中国公式発表では一貫して「珠穆朗瑪峰(チョモランマ峰)」が使用されるなど、山名の選択そのものが現代においても地政学的なメッセージを帯びています。