和菓子をなぜ「もなか」と呼ぶのか、その由来を紐解くと、平安時代の歌人・源順(みなもとのしたごう)が詠んだ雅な和歌へと行き当たります。勅撰和歌集である『拾遺和歌集』巻三・秋には、以下の歌が収められています。
「水の面に 照る月なみを かぞふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける」
この歌における「最中(もなか)」とは、旧暦8月15日の十五夜(中秋の名月)を指す言葉でした。秋の3ヶ月(旧暦7月・8月・9月)のちょうど真ん中の夜に昇る満月を「最中の月」と称したのが直接の語源です。
江戸時代中期の安永年間(1770年代)、吉原の菓子司「竹村伊勢」が、餅米粉を蒸して伸ばし、丸い満月の型に焼き上げて砂糖蜜をかけた干菓子を売り出しました。宮中の歌遊びの風雅にあやかり、この丸い菓子に「最中の月」と命名したのが発祥とされています。その後、文化・文政期になると現在のように餡を皮で挟む形態へと進化し、名称も簡略化されて単に「最中(もなか)」と呼ばれるようになりました。