霧島れいかのキャリアの原点は、1990年代前半のモデル時代に遡ります。新潟県出身の彼女は、地元での生活を経て芸能界入りを果たし、当初は本名名義などでCMやファッション雑誌、広告媒体を中心に活動を展開していました。
当時のポートレートや広告アーカイブを振り返ると、透き通るような白肌と凛とした切れ長の瞳、抜群のプロポーションが際立っています。派手なメイクで飾るのではなく、素材そのものの美しさを引き出したナチュラルな佇まいは、当時の雑誌カルチャーの中でも異彩を放っていました。資生堂をはじめとする大手化粧品メーカーの広告に起用された経歴は、彼女の顔立ちが持つ清潔感と品格が当時から業界関係者に高く評価されていた証左です。
当時のインタビュー記録によると、本人はカメラの前でポーズを取るモデル業にやりがいを感じつつも、「もっと深く人間の感情を表現したい」という強い衝動を抱いていたと語っています。このモデル時代に培われた「光と影を味方につける身体表現」や「カメラに対する繊細な意識」が、後の女優キャリアにおいて大きな武器となっていきました。