主の祈りの全文と意味を徹底解明|教派による違いと教えの本質に迫る

主の祈りの全文と意味を徹底解明|教派による違いと教えの本質に迫る

主の祈りの全文と意味を徹底解明|教派による違いと教えの本質に迫るの全貌を詳しく解説してご紹介します。

キリスト教の冠婚葬祭や学校礼拝で「祈りの終わり方が違う」と戸惑う人が多い背景には、新約聖書の写本史と教会史の経緯があります。

最大の相違点である末尾の「国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり(頌栄=栄光の賛美)」は、最古の聖書ギリシャ語写本には存在せず、後代の初期キリスト教典礼(『ディダケー』等)で会衆の応答句として付加されたものが、後期の写本に取り込まれたという経緯を持っています。

16世紀の宗教改革以降、プロテスタント陣営は欽定訳聖書(King James Version)に採用されていた写本テキストを重視し、頌栄を含めた形で主の祈りを定着させました。一方のカトリック教会は、ウルガタ訳(ラテン語標準訳)の伝統に忠実に、イエス自身の言葉とされる7つの祈願までを「主の祈り」本体とし、ミサの中では司祭の挿入祈願(エンボリズム)を挟んでから会衆が頌栄を唱える分離形式を採用しています。

日本国内では、明治期にプロテスタント各派の合同委員会が完成させた文語訳が文学的完成度の高さから広く普及しました。戦後、第2バチカン公会議を経てカトリック側が日本語口語訳を整備し、2000年代以降はエキュメニカル(教会一致)運動の文脈で「日本キリスト教協議会(NCC)とカトリック中央協議会による共同訳」の試みもなされましたが、現場では長年親しまれたそれぞれの訳文が今も大切に使い分けられています。

清水 千尋
著者

清水 千尋

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。