採血の順番が厳格に定められている最大の理由は、「採血針の穿刺針内部に残存した添加剤の逆流・持ち込み(キャリーオーバー)」を防ぐことにあります。肉眼では確認できないわずか数マイクロリットルの薬剤移行が、自動分析装置の測定系を狂わせ、臨床診断に破滅的な誤解を生み出します。
もっとも代表的かつ致命的なインシデントが、EDTA血算スピッツを生化学用スピッツより先に採血した場合のコンタミネーションです。EDTAは強力なキレート作用によってカルシウムイオンを捕捉し凝固を防ぐ薬剤ですが、その対イオンとして高濃度のカリウム(K)を含有しています。もしEDTAスピッツを刺した直後の針で生化学スピッツを採取すると、針先に付着した微量のEDTA塩が生化学管へ持ち込まれます。
その結果、生化学検査のデータでは「カリウム値が不自然に跳ね上がる(偽性高カリウム血症)」と同時に、「カルシウム値が極端に低下する(偽性低カルシウム血症)」という異常パターンが出現します。血中カリウムが7.0mEq/Lを超えるような重篤な検査結果が返ってくれば、病棟では致死的不整脈を警戒し、心電図モニターの緊急装着やポリスチレンスルホン酸製剤の投与といった重大な医療介入が下されかねません。
また、凝固検査用クエン酸ナトリウム管の順位設定にも明確な生化学的理由が存在します。血管を穿刺した瞬間、損傷した血管内皮細胞から組織トロンボプラスチン(組織因子)が遊出します。この組織因子は外因系凝固反応の強力なトリガーとなるため、穿刺直後の血液が凝固スピッツに直接多量に入ると、PTやAPTTの測定値が本来よりも短縮してしまう懸念が指摘されてきました。そのため、日本および米国のCLSIガイドラインでは、コンタミネーション回避と凝固活性化抑制の両立を意識した採血シーケンスが確立されています。