東洋の伝統的な思想やことわざにも、幸運と不運の表裏一体な性質を説く教えが数多く残されています。その代表格が、中国の故事に由来する「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」です。逃げた馬が良い馬を連れて戻り、その馬から落ちて骨折した息子が兵役を免れて命拾いをしたという逸話は、「一見した不幸が幸運を生み、一見した幸運が不幸の種になる」という予測不能な人生の真理を見事に突いています。
また、「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)」という言葉も、幸福と不幸がより合わせた縄のように交互に絡み合って現れる様子を表現しています。古の人々は、目先の吉凶に一喜一憂することの無意味さを深く理解していました。
一方で、仏教の根底にある「因果応報」という概念も存在します。善い行いが善い結果を生み、悪い行いが悪い結果を招くという道徳的な教えですが、これは単に「悪いことをしたからバチが当たった」という短絡的な話ではありません。自分の日頃の選択、思考、周囲への態度が積み重なり、中長期的な結果として人生の波形を形作っていくという現実的な因果関係を示唆しています。