誠成公倫という団体を紐解く上で、まず避けて通れないのが創始者である八島義郎(やしま よしろう)の特異な経歴と、その独自のカリスマ性です。八島氏は1914年に生まれ、作詞家や実業家、美術品収集家など多彩な顔を持つ人物でした。歌謡曲の作詞を手がけるなど文化的な活動を行う傍ら、1957年に宗教的な啓発運動を開始。1965年には「誠成公倫」の名称を正式に掲げ、宗教法人としての認可を受けました。これが誠成公倫会の歴史における大きな転換点となっています。
教団の分類としては神道系の新宗教に位置づけられています。しかし、教義の根幹を成すのは伝統的な神社神道儀礼そのものというよりも、八島氏自身が説く「現世における生き方・身の処し方」です。信者から「法主(ほうしゅ)」と崇められた八島氏は、道場において信者一人ひとりの生活上の悩み、家庭問題、健康不安などに対して直接助言を与える「お伺い」と呼ばれる対話を行っていました。
誠成公倫の教義において際立っているのは、徹底した「現世肯定」と「美の礼賛」です。多くの伝統宗教や禁欲的な新宗教が質素倹約や清貧を尊ぶのに対し、八島氏は「自分自身を美しく飾り、明るく品格のある姿を保つことこそが神仏の御心にかない、運気を開く」と説きました。この特異なアプローチが、高度経済成長期からバブル期にかけて、豊かさを享受し始めた都市部の中流層や女性信者の心を急速に掴む要因となったのです。