このことわざの核心を掴むためには、植物学的な事実と江戸時代から続くことわざ由来詳細まとめの知見を掘り下げる必要があります。ここで登場する「蓼」とは、水辺や湿地に自生するタデ科の一年草であるヤナギタデ(柳蓼)を指しています。
ヤナギタデの茎や葉には、激しい辛味と苦味をもたらす化学成分「ポリゴジアール(polygodial)」が高濃度に含まれています。人間が口に含めば舌先が激しく痺れ、野生動物や一般的な草食昆虫であれば、強い刺激と毒性を警戒して決して近寄らない植物です。日本料理では「鮎の塩焼き」に添える「蓼酢(たです)」として薬味利用される歴史がありますが、それは極めて特殊な加工を施すからに過ぎません。
自然界において、誰もが口にしない過酷な苦味を持つヤナギタデを、平然と好んで食害する昆虫が存在します。それが「ボントクアンペライ」や「ホタルハムシ」などの一部の甲虫類です。天敵が寄り付かない植物をあえて主食とすることで生存競争を生き抜く昆虫の生態を、昔の人々は鋭く観察しました。そして、「あんな苦くて不快な草をわざわざ好んで食べる虫がいるのだから、人間の嗜好も実に奇妙でさまざまだ」と揶揄したのが、この言葉の原点です。
つまり、ことわざの構造上、「好んで食べる虫=対象の人物」「苦い蓼=その人が選んだ趣味・嗜好・恋人」という厳格なメタファーが成立しています。この力学を把握していれば、他者に向けて不用意に放つことがいかに失礼であるかが自ずと理解できます。