富岡多恵子の文学的偉業を語る上で欠かせないのが、その卓越した批評活動です。彼女の評論は学術的な枠組みにとどまらず、対象となった作家の生理や身体感覚にまで肉薄する圧倒的な解像度を誇ります。
1976年に発表された『坂口安吾論』では、無頼派として偶像化されがちだった坂口安吾のテキストを精緻に読み解き、彼の抱えていた孤独と「堕落」という概念の裏にある倫理性を鮮烈に抉り出しました。安吾の文学が持つ破滅的なエネルギーの奥にある冷徹な計算を見抜いたこの論考は、安吾研究において今なお必読の重要文献と位置づけられています。
さらに1984年の『西鶴の感情』(第36回読売文学賞受賞)では、江戸初期の文豪・井原西鶴の好色物や町人物を独自の視点から分析。金銭と性愛という人間の根源的な欲望を、道徳的な裁断を下さずにそのまま描き切った西鶴の「感情のリアリズム」を救い出しました。古典を単なる過去の遺物とせず、現代を生きる人間の生々しい営みへと接続する富岡の批評眼は、当時の文芸批評界に大きな衝撃を与えました。