日本はまさに、世界経済の歴史上もっとも長く流動性の罠に囚われ続けた「実験場」でした。1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本経済 失われた30年の真相を探ると、単なる金融政策の巧拙にとどまらない、民間部門の深刻な心理的トラウマが浮かび上がります。
かつて大手都市銀行の融資現場で支店長を務めた金融関係者は、当時の異様な空気をこう証言します。
「金利を1%未満に引き下げ、融資枠をいくら広げて営業に回っても、優良企業の財務担当役員からは『借入金を1円でも減らすのが至上命題だ』と門前払いを食らいました。バブル期に過剰債務を抱えて青息吐息だった企業にとって、利益はすべて借金返済(バランスシートの修復)に充てるのが合理的行動だったのです」
野村総合研究所のリチャード・クー氏が提唱した「バランスシート不況」の構図です。すべての主体系が利益最大化ではなく「債務最小化」に走ったため、ゼロ金利政策下であっても国全体の借金需要が消滅しました。
この泥沼に対し、1990年代末に強烈な処方箋を突きつけたのが米国のノーベル賞経済学者、ポール・クルーグマン氏でした。ポール・クルーグマン 提言の核心は、「中央銀行が将来にわたって無責任にインフレを起こし続けると国民に信じ込ませること(インフレ目標政策)」でした。将来の物価上昇を確信させれば、実質金利(名目金利マイナス予想インフレ率)がマイナスに沈み、人々は現金を抱え込むのをやめて投資や消費に走るというロジックです。この思想が後の「アベノミクス」や2013年に始まった黒田東彦総裁による異次元緩和の土台となりました。