「最初から安くて持ち運びやすい文庫本で発売してくれればいいのに」と感じる読者は少なくありません。しかし、文庫本が単行本の発売から通常2年から3年の期間を経てリリースされる背景には、出版ビジネスの根幹を支える緻密な回収モデルが存在します。
大手出版社に所属する文芸編集者が業界誌のインタビューで明かしたところによると、出版流通は「映画興行における劇場公開と動画配信・Blu-ray発売の関係」と完全に一致します。著者が数カ月から数年をかけて執筆した新作は、まずハードカバーの単行本として高単価で市場に投入されます。装丁家へのデザイン料、校正・編集コスト、そして作家への印税など、初期投資の大部分はこの単行本の初版販売によって回収されます。
出版科学研究所の刊行動向データを分析しても、新刊小説の文庫化率は全体の約3割から4割にとどまります。つまり、単行本段階で一定の評価や販売実績を獲得した作品だけが、第2の展開として「文庫レーベル」への切符を手にします。文庫化の際には、すでに編集や組版の基本フォーマットが完成しているため制作原価を大幅に抑制でき、大量印刷によるスケールメリットを活かして低価格での提供が可能になります。
あえて期間を空けるのは、高価格な単行本の市場価値を保護し、書店店頭での競合を防ぐためです。単行本で熱心なファン層に届け、話題性を醸成したのち、文庫化によって「気になっていたが手を出していなかったライト層や学生層」へと読者層を一気に拡大させる――これこそが出版界で受け継がれてきた文庫化の仕組みです。