大学病院や総合病院の頭頸部外科・歯科口腔外科外来において、担当医が最も頻繁に耳にするのは「最初は少ししみる程度の普通の口内炎だと思っていた」という患者の告白です。舌がんを経験した方々の手記や闘病記を検証すると、受診に至るまでに平均して1〜3ヶ月以上のタイムラグが発生している過酷な現実が浮き彫りになります。
ある50代男性の手記には、次のような生々しい記録が残されています。「舌の右奥のフチに小さな白い点があり、醤油がしみる程度だった。市販の口内炎パッチを貼り続けていたが、貼っても剥がれてしまい一向に小さくならない。そのうち白かった部分が盛り上がり、話すだけで奥歯に擦れて激痛が走るようになって初めて専門医を訪れたところ、すでにステージIIの舌がんと診断された」。
特に危険が潜んでいるのが、舌の側面の白いできもの痛いという訴えです。舌の解剖学的構造上、舌がんの発生部位は外側(舌側縁部:ぜつそくえんぶ)に約85%以上が集中しています。舌の真ん中や先端にがんができるケースは極めて稀です。奥歯の金属冠の尖りや、斜めに生えた親知らず、義歯のバネなどが日常的に舌の側面に擦れ続ける慢性的な機械的刺激が、細胞の遺伝子変異を誘発する引き金になるためです。
「歯が当たって痛いだけ」と自己納得し、刺激の原因である歯の鋭利な部分を放置したまま、市販薬で誤魔化し続ける行為は、病巣を水面下で増殖させる猶予を与える結果になりかねません。