一般の読者が最も混同しやすいのが、「秋篠宮」という言葉の位置づけです。日常会話や一部の報道で「秋篠宮悠仁くん」などと呼ばれるケースがあるため、「秋篠宮が名字で、悠仁が名前なのだろう」と誤認している人が少なくありません。しかし、法制上も歴史上も、「秋篠宮」は名字(姓)ではありません。
日本の歴史において、天皇や皇族に姓がない理由は古代の統治機構に端を発します。飛鳥・奈良時代に成立した古代の氏姓(しせい)制度において、臣下に「蘇我」「藤原」といった「氏(うじ)」や「真人」「朝臣」といった「姓(かばね)」を授ける源泉こそが天皇(大王)でした。すなわち、天皇およびその一族は「姓を授ける側の超越的な存在」であったため、自らが名乗る姓を持つ必要が構造上存在しなかったのです。
現代の法体系においてもこの伝統は厳格に引き継がれています。日本国民に「氏(名字)」を義務付けているのは民法750条(夫婦同氏の原則)や戸籍法ですが、皇室典範が適用される皇族には戸籍法の規定が及びません。したがって、皇族は法的に「氏を持たない法的主体」として位置づけられています。
では「秋篠宮」とは何なのか。これは1990年(平成2年)のお父上・文仁親王のご成婚時に、昭和天皇から賜った「宮号(みやごう)」と呼ばれる公的な称号です。宮号は特定の独立した宮家(生計を別にする皇族の家庭単位)を識別するための屋号のような性格を持ちますが、個人の氏名を構成する名字とは明確に区別されます。