多くのファンが抱く最大の疑問は、「なぜあれほどの美貌を持ちながら、わざわざ強面路線へと舵を切ったのか」という点に尽きます。その背景には、過酷な芸能界を生き抜くための徹底したセルフプロデュースと冷徹なマーケティング戦略が存在していました。
20代後半を迎えた竹内力は、ある深刻な危機感に直面します。昭和から平成へと移り変わる芸能界には、次から次へと若い正統派イケメン俳優が台頭していました。「このまま清潔感のある二枚目を続けていても、年を重ねれば替えの利く存在になってしまう」「自分にしかできない唯一無二のポジションを築かなければ、30代以降は生き残れない」――そう確信した彼は、あえて王道のテレビドラマから、当時急速に市場を拡大していたオリジナルビデオ(Vシネマ)の世界へ主戦場を移す決断を下します。
そして1992年、運命の代表作となる『難波金融伝・ミナミの帝王』がスタート。大阪・ミナミの高利貸し・萬田銀次郎というキャラクターを創出するにあたり、竹内力は徹底した自己破壊と再構築を断行しました。
映画関係者の証言によると、彼は役作りのために次のような徹底的な肉体改造と演出プランを実行したと記録されています。
- 計画的な体重増量とバルクアップ:デビュー当時の体重約72kg前後から、連日大量の肉類と白米を摂取し、ハードな筋力トレーニングを敢行。90kg近くまで意図的に体を大型化させ、画面越しでも威圧感が伝わる肉体を構築した。
- 独自のビジュアル設計:リーゼントヘアを独自にアレンジしたバックヘア、眉間の皺、鋭く睨みつける視線の訓練を重ね、スーツは自らがデザインを手掛ける特注のワイドラペル・ダブルスーツを着用。
- 声質とセリフ回しの改造:低音で響くドスの利いた発声と、緩急を極めた独特のイントネーションを編み出し、「ミナミの金貸し」としての圧倒的な説得力を手に入れた。
この激変は「荒れた生活による劣化」などではなく、俳優・竹内力が自らの意志で選び取った「戦略的リポジショニング」の結果だったのです。