二人の関係性を語るうえで避けて通れないのが、富山県高岡市での少年時代の出会いと、伝説のトキワ荘時代です。安孫子素雄の名作自伝漫画『まんが道』および『愛…しりそめし頃に…』には、満賀道雄(安孫子)と才野茂(藤本)の二人が、いかにして漫画という未知の荒野を二人三脚で切り拓いていったかが瑞々しく描かれています。
小学校5年生の時、藤本氏がノートに描いていた手塚治虫の『新宝島』の模写を安孫子氏が見せてもらった瞬間から、奇跡の歴史は幕を開けました。足踏み式の印刷機を譲り受けて肉筆回覧誌を作り、高校卒業後、安孫子氏は富山新聞社に就職、藤本氏は製菓会社に入社します。しかし藤本氏は「漫画に専念したい」とわずか数日で会社を退職。安孫子氏もまた、藤本氏からの強い上京の誘いに応え、安定していた新聞社を辞めてプロの世界へ身を投じる道を選びました。
上京後、東京都豊島区椎名町の「トキワ荘」に入居した二人は、寺田ヒロオをリーダーとする「新漫画党」の仲間たちと切磋琢磨します。生活費が底をつき、飢えに苦しむ日々の中でも、四畳半の部屋で一つの机を向かい合わせ、同じペン軸を分け合いながら原稿を描き上げました。原稿の締め切りを落として業界から干されかけた大挫折の際も、責任を擦り付け合うことなく、二人で耐え忍んで這い上がった歴史があります。
この過酷な青春期を共有した原体験があるからこそ、後年どれほど名声や富を獲得しようとも、二人の間には「富山から出てきた漫画好きの二人の少年」という原初の純粋な絆が崩れることなく横たわり続けていました。