新庄剛志が高校時代に刻んだ伝説!西短での秘話と甲子園の真相に迫る

新庄剛志が高校時代に刻んだ伝説!西短での秘話と甲子園の真相に迫る

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現在でこそ誰もが知るスーパースターですが、福岡市南区出身の新庄剛志が1987年4月に進学先に選んだのは、八女市に拠点を置く西日本短期大学附属高等学校でした。当時の同校(普通科などの偏差値はおよそ40台前半〜中盤)は、新興勢力として福岡県内で急速に台頭していた新進気鋭の私立校でした。

高校入学直後の新庄は、細身でありながら桁外れのバネと天性のリストの強さを備えていました。高校時代のポジションは投手兼外野手(主に中堅手)。マウンドに上がればしなやかなフォームから最速140km/hを超える快速球を投げ込み、外野を守れば現在の代名詞とも言える正確無比なバックホームでスタンドをどよめかせました。

当時の報道写真や卒業アルバムに残る高校時代の新庄剛志は、丸刈り頭に精悍な眼差しを宿した純朴な球児そのものです。天性の勘と抜群の動体視力を誇り、高校通算本塁打は約15本を記録。数字以上に「ここ一番での長打力」と「外野フェンスを恐れずに飛び込むアクロバティックな守備」が、九州地区を担当するプロ球団スカウトたちの間で早くから話題を集めていました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。