うつ病は早期発見と適切な初期治療によって数カ月から1年程度で寛解に至る患者が多い一方で、厚生労働省の患者調査や日本うつ病学会の学術データによると、全体のおよそ20%前後が慢性化・難治化の経過をたどることが報告されています。5年、10年と治療を継続しているにもかかわらず改善の兆候が見られない場合、単一の「大うつ病性障害」という診断名そのものが現在の病態と乖離している可能性を視野に入れなければなりません。長期化をもたらす臨床上の決定的な要因は、主に以下の3点に集約されます。
第一に挙げられるのが、双極性障害の誤診と見落としです。双極II型障害をはじめとする双極スペクトラム障害では、明らかな躁状態(多弁、浪費、著しい活動亢進)が目立たず、本人も周囲も気づかない程度の「ごく軽微な軽躁状態(少し調子が良い日、仕事がはかどる時期)」しか現れないケースが多々あります。患者は調子が著しく落ち込んだ「うつ状態」のときにのみ医療機関を受診するため、医師からは単極性のうつ病と診断されがちです。双極性うつ病に対して抗うつ薬(SSRIやSNRIなど)を単独で投与し続けると、気分の波が固定化したり、かえって神経回路が不安定化して「急速交代化(ラピッドサイクラー)」を招き、10年単位の慢性的な抑うつから抜け出せなくなるリスクが学術的にも指摘されています。
第二の要因は、大人の発達障害と二次障害の連鎖です。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)といった神経発達症の特性を抱えたまま成人し、職場や家庭での過剰適応、感覚過敏、対人関係の破綻から疲弊して二次障害としてのうつ病を発症しているケースです。根本にある発達特性に対する環境調整や心理的配慮がなされないまま、投薬治療だけで抑うつ気分を消し去ろうとしても、日々の生活環境そのものが脳に過剰なストレスを与え続けているため、症状は一向に改善しません。「薬を飲んでいるのに治らない」のではなく、「脳の認知特性と生活環境の不一致が放置されている」状態にほかなりません。
第三が、医学的に定義される「治療抵抗性うつ病(難治性うつ病)」および遷延性うつ病の診断基準に関わる問題です。十分な用量と期間(通常4〜6週間以上)にわたり、作用機序の異なる2系統以上の抗うつ薬を用いても十分な反応が得られない場合、治療抵抗性と判断されます。また、DSM-5における「持続性抑うつ障害(気分変調症)」のように、軽度から中等度の抑うつ症状が2年以上にわたってほとんど途切れることなく持続する病態も存在します。10年選手となっている状態は、もはや急性期の炎症を鎮めるような標準的薬物療法だけでは脳の神経可塑性が追いつかないフェーズに入っていると捉えるのが、精神医療現場の実像です。