事件発生後、家族の日常は一変しました。自著や手記、当時の特番インタビューの中で、両親は「朝目が覚めるたびに悪夢であってほしいと祈り、玄関のチャイムが鳴るたびに息子が帰ってきたのではないかと駆け寄った」と、張り裂けんばかりの胸中を吐露しています。
父親は仕事を続けながらも、休日返上で街頭に立ち、息子の顔写真が入ったビラを配り続けました。公の場で見せる表情には深い疲労と苦悩の翳りが滲み出ていましたが、カメラの前では「生きていると信じて探し続けることしか、親としてできることはない」と毅然と語っていました。
母親の精神的負担も想像を絶するものでした。自責の念に苛まれながらも、残された兄弟の育児と生活を守るため、必死に気丈さを保ち続けました。兄弟にとっても、ある日突然遊び相手だった兄(あるいは弟)が消え去り、家中に悲壮感が漂う環境で成長することは、言葉に尽くせぬ複雑な心の葛藤を伴う経験でした。
2026年の現在、両親も高齢期を迎えています。家族はプライバシーを守りながら静かに暮らしつつも、決して息子の存在を諦めることなく、警察への情報提供の窓口を見守り続けています。