SNSやネット掲示板で定期的に炎上・議論の的となるのが「モンベルおじさんとは」というラベリング現象と、「モンベルがダサいと言われる理由」の数々です。この現象を単なる世代間ギャップで片付けることはできません。ここには、日本社会特有の記号消費と機能主義の衝突という社会学的な力学が働いています。
社会学者のジャン・ボードリヤールがかつて論じたように、現代のファッション消費は「機能」ではなく「差異の記号」を買う行為です。ザ・ノース・フェイスやアークテリクスがストリートカルチャーやモード界と接続し、洗練された記号価値を獲得したのに対し、モンベルは一貫して実用性以外の文飾を削ぎ落としてきました。その結果、ファッションに過度な労力を割きたくない中高年男性が「これ一着あれば暖かくて濡れない」と全身をモンベルで固める事例が頻発し、若年層から「記号への無頓着さ=野暮ったい」と見なされる図式が固定化しました。
とりわけ問題視されるのが、「モンベル街着のコーディネート難易度」の極端な高さです。モンベルのジャケット類は、日本人特有の骨格を考慮したゆとりのある身幅で作られており、インナーにフリースやセーターを着込む前提のボックスシルエットを採用しています。これを現代のタイトまたはドレープ感のある街着と合わせると、どうしても胴回りがもたつき、着膨れして見えます。加えて、遭難時の視認性を確保するための原色系カラーブロッキングや、胸元に大きく配置されたロゴ刺繍が、都市空間のモノトーン主体のコーディネートにおいて強烈なノイズとなってしまうのです。