革マル派と中核派の決定的な違いとは?流血の歴史と組織の正体

革マル派と中核派の決定的な違いとは?流血の歴史と組織の正体

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現在へと続く確執の原点は、1960年代初頭にまで遡る。当時の日本は安保闘争の熱狂に揺れ、既成の日本共産党に飽き足らない若者たちが続々と過激な街頭行動へと身を投じていた。この大きな潮流こそが新左翼運動である。その中核を担った組織が「革命的共産主義者同盟(革共同)」だった。

しかし、内部対立は急速に火を噴く。1963年、理論的指導者たちの主導権争いと運動方針の衝突により、組織は決定的に破断した。一方は「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)」を名乗り、もう一方は「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」として分立する。現代日本政治史における最大の悲劇の一つである血塗られた兄弟喧嘩は、ここから幕を開けた。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。