2017年7月、第157回直木三十五賞の選考会において、佐藤正午の『月の満ち欠け』は満場一致に近い高い評価を受けて受賞を果たしました。1983年の鮮烈なデビューから数えて実にデビュー34年目、還暦を過ぎてからの初ノミネート・初受賞という快挙は、文壇関係者や長年の読者を大いに沸かせました。
本作の選考で特に絶賛されたのが、「生まれ変わり(輪廻転生)」という奇抜になりがちなテーマを、徹底した心理描写と時系列の精緻な構成によって、圧倒的な現実感を伴う人間ドラマへ昇華させた点です。選考委員の宮部みゆき氏や北方謙三氏らも、その構築力の高さと一行一行に宿る文章の強靭さを高く評価しました。ファンタジーに逃げず、愛する者を失った人間の喪失感と切実な願いを緻密に積み重ねたリアリティこそが、直木賞の決定打となった最大の受賞理由です。
『月の満ち欠け』は2022年に大泉洋主演で映画化され、興行的にも大成功を収めました。奇跡のような巡り合わせを信じさせる筆力は、佐藤正午という作家の円熟味を世に知らしめる決定打となったのです。