『報道ステーション』のメインキャスターを務め上げていた時代、彼の日常は多忙を極めていた。台風の暴風雨の中からの生中継や、国内外の重大事件の現場へと即座に飛ぶ現場取材のスタイルは、多くの視聴者の記憶に刻まれている。しかし、コロナ禍における体調管理の問題や過密な放送スケジュール、ネット上での激しいバッシングなど、過度のプレッシャーが彼の背中に重くのしかかっていた。
局内での立ち位置や番組のリニューアル、そして自身が目指す報道の方向性との乖離。表舞台で見せる爽やかな笑顔の裏で、キャスターとしての苦悩は限界に達していた。降板が決まった際、周囲からは引き留める声も上がったが、本人の決意は固かった。長年慣れ親しんだスタジオを去る決断は、安定した局アナのキャリアに区切りをつける、命がけの賭けでもあったのだ。