古くから日本料理の厨房に伝わる伝承や、現代の科学調理テクニックには、それぞれ理にかなったメカニズムが存在します。代表的なアプローチの有効性を紐解いていきましょう。
まず、落語や料理の教本でも名高いタコ大根で叩く理由についてです。すりこぎの代わりに太い生大根でタコの足を叩く光景はユーモラスに見えますが、これには二重の科学的根拠があります。大根の硬軟絶妙な打撃が表面の皮を破断させずに内部の筋線維だけを適度にほぐす「物理的効果」と、大根の組織から染み出るタンパク質分解酵素(プロテアーゼ等)が筋肉の隙間に浸透する「酵素的軟化」の相乗作用を狙っているのです。
次に、古くから煮ダコ加工現場で重宝されてきたのがタコ茶殻茹で方です。緑茶や番茶の出がらしを煮汁に加えることで、茶に含まれるカテキンやタンニンがタコの皮に含まれる色素(オモクローム)を安定化させ、息をのむほど鮮やかな小豆色に発色させます。同時にタンニンが肉表面のタンパク質を適度に引き締め、身崩れを防ぎながら上品な柔らかさを保ち、魚介特有の生臭さを完全にマスキングする効果を発揮します。
さらに現代の時短テクニックとして脚光を浴びているのがタコ炭酸水煮込みです。水の代わりに市販の無糖炭酸水を使って煮ることで、炭酸水に含まれる微細な炭酸ガスと弱酸性の性質がタンパク質の隙間に入り込み、組織を素早く弛緩させます。通常の水で煮る場合に比べて加熱時間を約30%〜40%短縮しながら、繊維の奥まで煮汁をしみ込ませることが可能です。
なお、酸やアルカリの化学変化を利用する技術としては、マリネや酢だこでおなじみのタコ酢柔らかくなる仕組み(酢酸が筋肉の等電点をずらし、保水性を高めてコラーゲンをほぐす作用)や、アルカリ性の性質を利用してタコ重曹柔らかくする方法(水1リットルに対し重曹小さじ1/2程度でタンパク質を軟化)も存在します。ただし重曹は分量を誤ると特有の苦味やぬめりが残るため、精密な計量が不可欠です。