千日回峰行の起源は、平安時代初期に天台宗の僧・相応和尚(そうおうかしょう)が比叡山の山中で不動明王を感得し、草木や岩に至るまで山川草木すべてに仏性を見出して巡拝したことに遡る。相応和尚が開いたこの道は、自己の悟りのためだけではなく、すべての生きとし生けるものの平安を祈る「利他」の行であった。
自害の掟は、自暴自棄の死を推奨するものでは決してない。己の命を極限まで追い詰めることで、生への執着、傲慢さ、甘えを完全に焼き尽くす。自らの命を投げ出す覚悟を持って初めて、他者の苦しみを救う本物の祈りが生まれるという思想が根底にある。
命を粗末にすることが禁じられる現代社会において、この苛烈な掟は時に議論を呼ぶ。しかし、死と隣り合わせの修行を貫いてきた阿闍梨たちの言葉が、いまも多くの人々の心を救い続けているのも紛れもない事実だ。千日回峰行という悠久の祈りの道は、人間が到達しうる精神の極北として、これからも霊峰の闇の中で脈々と受け継がれていく。 (出典: 千 日 回 峰行 自害 した 人(Yahoo!ニュース))
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