事件から時間が経過した現在、表舞台から完全に姿を消した菅正剛氏の足跡を改めて追跡すると、当時の騒動がいかに根深い構造的問題を抱えていたかが浮き彫りになる。東北新社を退職した後、彼は公の場に一切姿を見せていない。しかし、関係者への取材によれば、彼がかつて築いた人脈や、放送業界における不透明なコネクションの影は、今なお霞が関の人事や事業認可の現場に暗い影を落としている。
当時、菅正剛氏が果たした役割とは一体何だったのか。それは単なる「政権中枢の威光を背負った営業マン」にとどまらない。総務省の歴代幹部らを次々と宴席に連れ出し、倫理規程に抵触する違法接待を繰り返していた構図は、行政が一部の政治的権力に対してどれほど脆弱であるかを証明してしまった。現在においても、この問題が遺した不信感は拭えていない。