現在に至るまで、SNSや大手映画レビューサイト、ネット掲示板に投稿されたポニョの災害描写に対するネットの反応を精査すると、視聴者の評価は真っ二つに分かれています。単なる「感動した」「怖かった」という表層的な感想にとどまらず、そこには集合的無意識とも呼ぶべき複雑な心理が反映されています。
まず目立つのは、やはり津波トラウマとしての恐怖と拒絶反応です。東日本大震災を直接体験した東北在住者や、被災地でのボランティア経験を持つ視聴者からは、以下のような切実な証言が散見されます。
「公開当時は映画館で無邪気に楽しめたが、震災を経てから見直すと、リサの車を黒い大波が追いかけてくるシーンで過呼吸になりかけた」
「町が沈んでいるのにみんながニコニコしている様子が、不気味すぎて受け付けない。集団ヒステリーか死者の幻影を見せられているようで背筋が凍る」
一方で、作品に対して極めてポジティブな感情、あるいは一種のカタルシスと精神的救済を見出している層も確実に存在します。特に美術関係者や長年のジブリファンからは、水没した世界の静謐な美しさを称賛する声が多く寄せられています。
「濁流で破壊される現実の津波とは対照的に、ポニョの水没後の海は驚くほど透明でゴミ一つ浮いていない。自然が人間社会を浄化したような神聖さを感じる」
「恐ろしい災害を描いているはずなのに、最後にはなぜか心が軽くなる。宮崎駿は破滅を絶望ではなく、再生の始まりとして描いているからではないか」
このように、同じ映像でありながら「現実の災害の残酷さ」を重ねる人と「神話的な世界の更新」として受け止める人の間で、極端な認知の乖離が生じています。この二面性こそが、『崖の上のポニョ』が単なる子供向けアニメにとどまらず、時代を超えて論争を巻き起こす怪物的な傑作である証左と言えるでしょう。