活動休止から解散に至るプロセスにおいて、ネット掲示板やSNS上では「決定的な不仲による空中分解ではないか」という憶測が飛び交いました。しかし、劇場の楽屋風景や共演者たちの証言を丹念に洗い出すと、そこに見えてくるのは単純な愛憎劇ではなく、「クリエイター同士の心理的バウンダリー(境界線)」の変容です。
20代の若手時代、2人は生活のすべてを共有し、互いに依存し合いながら過酷な劇場サバイバルを勝ち抜いてきました。しかし30代半ばを迎え、家庭環境や私生活の変化、そして芸に対する思想の深化に伴い、関係性は「一心同体」から「自立した個」へとシフトしていきます。特にネタのすべてを担い、世界観の構築に心血を注ぐ野村にとって、コンビという共同幻想を背負い続けることは、精神的なエネルギーの過剰な消費を意味していました。
一方の河野は、持ち前の協調性と瞬発力で劇場の回し役として絶対的なポジションを確立していきました。相手を尊重するからこそ、お互いの領分に土足で踏み込まず、適度な距離感を保とうとした結果が、傍目には「会話が減った」「温度差がある」と映り、不仲説として増幅されたのが真相です。憎しみ合って別れたのではなく、「互いの尊厳を守るためにコンビという枠組みを解体した」というのが極めて妥当な分析です。