1945年8月の終戦後、雪風の兵装はすべて撤去され、海外に残された日本兵や民間人を日本本土へ連れ戻す「復員輸送艦」として従事しました。復員船としても約1万3,000人以上を無事故で輸送し、平和への架け橋となったのです。
その後、1947年に戦時賠償艦として中華民国(台湾)へ引き渡され、丹陽(タンヤン)と改名。台湾海軍の総旗艦に就任しました。1950年代の台湾海峡緊迫時には、中国人民解放軍海軍の艦艇と交戦して撃破するなど、台湾海軍の主戦力として再び数々の武勲を立てることになります。
1966年に除籍された後、日本側海軍関係者による「雪風(丹陽)里帰り・保存運動」が熱心に行われました。しかし、1969年の台風被害による船体損傷や当時の国際情勢の複雑化が重なり、返還は実現せず、1971年冬に台湾現地で解体されるという最期を迎えました。