山本五十六戦死の真相|暗号解読の罠とブーゲンビル撃墜劇の全貌

山本五十六戦死の真相|暗号解読の罠とブーゲンビル撃墜劇の全貌

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1943年4月18日早朝、ラバウル基地を飛び立った山本長官搭乗の一番機(一式陸上攻撃機)と、参謀長・宇垣纏中将らが搭乗する二番機は、わずか6機の零式艦上戦闘機に守られてブーゲンビル島上空へと差し掛かりました。天候は良好で視界は澄み渡り、予定時刻通り午前7時45分に到着態勢へと移行したまさにその瞬間、超低空を迂回飛行して待ち伏せていた米陸軍第339戦闘飛行隊のP-38戦闘機16機が急上昇で襲いかかりました。

大型の増槽(落下タンク)を抱えてガダルカナル島から約700キロの洋上を低空飛行してきたP-38部隊は、日本軍のレーダーを完全に回避して待ち伏せ空域にピンポイントで進入していました。この迎撃劇の凄絶さは、奇跡的に生還した護衛零戦隊のパイロットによる手記や戦後の取材証言に生々しく記録されています。

当時、護衛零戦隊の小隊長を務め、戦後まで生き残って当時の状況を詳細に証言した柳谷謙治飛行兵曹長は、著書や取材において次のように語っています。

「低空から銀色の悪魔のようにP-38が湧き上がってきた瞬間、すべてを悟った。数の上でも圧倒的に不利な中、全開加速して長官機の直掩に入ろうとしたが、一瞬の隙を突いて敵の攻撃隊が長官機へ殺到した。必死に機銃を撃ち込んだが、防弾板を誇る大型双発機はびくともせず、長官機から白い煙が噴き出すのを見たときの絶望感は生涯忘れられない」

山本長官を乗せた一番機はジャングル深くへと火を噴きながら墜落し、二番機に乗っていた宇垣纏参謀長らは海上に不時着水して重傷を負いながらも九死に一生を得ました。陣中日誌『戦藻録』の中で、宇垣中将は「あゝ長官を喪ひたり、何たる不覚ぞ」と痛恨の極みを手記に書き残しています。護衛にあたったわずか6機の零戦搭乗員たちは、圧倒的優位に立つ米軍戦闘機群の突入を食い止めることができず、精神的にも苛烈な自責の念を背負い続けることになりました。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。