歯科医院を訪れる患者から最も多く聞かれる訴えの一つが、「黒くなっていないし穴もあいていないのに、冷たいものや風が強烈にしみる」「爪で触ると歯の根元が階段状にえぐれている」というものです。虫歯菌(ミュータンス菌など)が酸を出して歯を溶かす感染症とは異なり、虫歯じゃないのに歯が痛いという症状を引き起こす代表格がアブフラクション(Abfraction)です。
なぜ歯頸部が削れる理由が「噛む力」にあるのか。そのメカニズムは、工学における「片持ち梁(かにもちはり)のしなり」とまったく同じバイオメカニクスで説明されます。歯冠部(頭の部分)に強烈な横揺れの力(側方圧)が加わると、歯は微小ながら左右にしなります。このとき、最も強固に支えられている歯槽骨のキワ、すなわち歯頸部に「引張応力(引きちぎる力)」が集中します。
歯の表面を覆うエナメル質は人体で最も硬い組織ですが、歯頸部では厚みがわずか0.1ミリメートル以下と極めて薄くなっています。引張応力に極端に弱いエナメル小柱構造は、繰り返される過剰な負荷に耐えきれず、目に見えないレベルでマイクロフラクチャー(微細ひび割れ)を起こします。その細かな破片がポロポロと剥がれ落ちることで、まるでノミで削り取ったような鋭利なくぼみが形成されていくのです。