吉田知那美選手の競技人生は、決して平坦なエリート街道ばかりではありませんでした。2014年ソチ五輪には「北海道銀行フォルティウス」のリードとして出場し、5位入賞を果たしたものの、大会直後にまさかの戦力外通告を経験。選手生命の危機に瀕した彼女を救ったのが、故郷・常呂町で本橋麻里氏が立ち上げたロコ・ソラーレでした。
加入後はサード(バイススキップ)として不動の地位を確立。実妹である吉田夕梨花選手(リード)との絶妙なコンビネーション、スキップ・藤澤五月選手を支える的確な戦術眼で世界トップクラスのチームへと押し上げました。平昌五輪での銅メダル、北京五輪での銀メダル獲得という歴史的快挙の立役者となったのです。
吉田選手の強みを語る上で欠かせないのが、卓越した英語力です。ソチ五輪後の浪人時代、彼女は単身カナダへ留学し、現地クラブでプレーしながら語学と本場の戦術を徹底的に学びました。その結果、国際大会の審判団との交渉や、海外メディアのインタビューをすべて通訳なしでこなす語学力を獲得。北京五輪でも外国人審判と流暢な英語で毅然とルール確認を行う姿が海外中継で称賛されるなど、グローバルアスリートとしての確固たる経歴を築いています。