この名曲のタイトルは、最初から中島みゆきの頭の中にあったわけではありません。背景には、1980年代後半の広告業界における苛烈なタイアップ競争と、クライアントからの厳しい発注条件がありました。
本作はカネボウ CMソング 1988年秋のキャンペーンソングとして企画されました。当時の化粧品メーカーのCMタイアップといえば、ヒットチャートの命運を左右する巨大プロジェクト。カネボウ側から制作サイドに課された絶対条件は、キャンペーンのメインコピーであった「ん、色っぽい」というフレーズを必ず曲名や歌詞の中に組み込むことでした。
一歩間違えれば、CMコピーに引っ張られて楽曲そのものがチープな企画モノに堕ちてしまいかねない難題。この難題を依頼された中島みゆきは、言葉を喋らない状態である「無言(むごん)」に着目します。「むごん」の響きをアルファベットと記号で「MUGO・ん」と分解・再構築し、カネボウの要求する「ん、色っぽい」へと滑らかに接続させたのです。
コマーシャリズムの制約を逆手に取り、言葉遊びのギミックを超えて「沈黙の情熱」という文学的な深層テーマへと昇華させたこの鮮やかな手腕。MUGOん色っぽい タイトルの由来に秘められたこのエピソードは、商業音楽の歴史においても伝説的なクリエイティブの勝利として語り継がれています。