順風満帆にスターダムを駆け上がっていた岩城滉一を、最大の危機が襲ったのが1977年のことです。覚醒剤取締法違反および銃刀法違反の容疑による逮捕劇は、テレビのワイドショーや週刊誌で連日トップニュースとして報じられ、日本中に衝撃を与えました。
当時の報道や公判記録によると、夜の交友関係の中で薬物に手を染め、さらに暴力団関係者から身を守る目的で拳銃(改造銃)を所持していたことが捜査過程で発覚。人気絶頂の映画スターが犯した過ちに対し、世間からのバッシングは苛烈を極め、映画・テレビの出演作はすべてストップ、芸能界追放は不可避と見られていました。
しかし、岩城滉一はこの不祥事から逃げ隠れすることなく、公判で事実を率直に認め、罪を償う道を選びます。当時の警察署から保釈される際、フラッシュを浴びながら見せた覚悟に満ちた表情と、後のインタビューで語った「甘えがあった。すべて自分の弱さのせい」という赤裸々な反省の弁は、単なる言い訳に終始する凡百の芸能人とは一線を画すものでした。この苦い蹉跌こそが、後に俳優としての深みを生み出す土台となったのです。