公明党の選挙運動を支えているのは、ボランティアとして活動する創価学会員たちです。彼らの行動は外部から見れば時に異様にも映りますが、内側の論理はどうなっているのか。現場取材や現役信徒の手記、SNS上での告白からその実像を浮かび上がらせます。
学会内では、友人・知人・親族を開拓して公明党(あるいは連立を組む自民党の候補者)への投票を依頼する活動を「F(フレンド)票取り」と呼びます。選挙が近付くと、以下のような光景が日常化します。
- 電話帳・年賀状リストの総ざらい:疎遠になっていた小中学校の同級生や遠方の親類に何年ぶりかで電話をかけ、「元気?実は今度選挙があってね…」と切り出す。
- 家庭訪問とポスター貼り:近隣の商店や個人宅を一軒一軒訪問し、推薦候補の政策チラシを手渡し、掲示板へのポスター掲示を取り付ける。
- 会合での目標設定:支部の座談会などで「1人あたり〇〇票のF票獲得」といった努力目標が共有され、進捗を確認し合う。
現場を長年支えてきた70代の女性信徒は、かつての特番取材で次のように述懐しています。「私たちにとって選挙活動は、単なる政治応援ではありません。広宣流布(仏法の平和思想を社会に広めること)の一環であり、社会を良くするための菩薩行(徳を積む行為)でした」。この献身的な熱量こそが、盤石な集票マシンの心臓部でした。
しかし、2026年現在の現場からは、全く異なる悲痛な声が聞こえてきます。知恵袋やSNSなどのコミュニティには、2世・3世の現役世代から次のような投稿が相次いでいます。
「普段まったく連絡を取っていない友人に選挙の時だけ電話をかけるのが苦痛で仕方がない。人間関係が壊れるのが怖い」
「親からは功徳になると言われるが、公明党が国会で自民党の防衛費増額や不祥事に目をつぶる姿を見ていると、なぜ必死に頼まなければならないのか納得できない」
現場では、純粋な信仰心と世俗的な政権政党の妥協劇との間で、激しい葛藤とモチベーションの低下が急速に進んでいます。