インターネット上やSNSでは「インド人は毎食ナンを食べている」という言説が散見されますが、これは食文化における代表的な誤解の一つです。実際の本場インドナンの違いを紐解くと、ナンはインド全土の日常食ではなく、北インドの宮廷料理(ムガル料理)に端を発する贅沢な外食メニューに位置づけられています。
ナンを焼くためには高温を維持できる専用のタンドール窯が必要であり、一般的なインドの家庭にタンドールは存在しません。そのため、現地の一般家庭で日常的に食されている主食は、全粒粉を使った無発酵の平焼きパンである「チャパティ」や「ロティ」、あるいは米です。ナンは都市部のレストランや結婚式などの慶事で振る舞われる「特別な日のご馳走」というのが現地のリアルな位置づけです。
また、日本国内で親しまれている「ふわふわで巨大なナン」は、日本人の嗜好に合わせて独自の進化を遂げたスタイルです。本場のナンはより薄く、パリッとしたクリスピーな食感が主流ですが、日本の店舗では強力粉に牛乳、ヨーグルト、卵、砂糖を贅沢に配合し、ふっくらと甘みのあるリッチなパン生地へと昇華させています。
さらに、日本にあるカレー店の約7割以上を占めるとされる「インネパ店(ネパール人経営のインド料理店)」におけるネパール料理ナンの作法についても知っておく価値があります。ネパールの伝統的な主食は「ダルバート(豆スープ、カレー、青菜炒め、ライスの定食)」であり、元来ネパール本土にナンの文化はありませんでした。彼らが日本で提供する特大ナンは、日本の外食市場において顧客満足度を高めるために磨き上げられた、極めてホスピタリティの高い独自文化といえます。