宿敵であった尾張の織田信秀との長年の抗争に終止符を打つため、道三は最愛の娘・帰蝶(濃姫)を信秀の嫡男・信長に嫁がせる政略結婚を決断します。『信長公記』などの軍記物には、輿入れの際に道三が「信長が真のうつけ(愚か者)なら、この短刀で刺し殺せ」と短刀を渡したのに対し、帰蝶が「この刀が父上に向くこともあるやもしれませぬ」と答えたという有名な逸話が残されています。
二人の関係を決定づけたのが、1553年に富田の正徳寺で行われた「正徳寺の会見」です。道三は事前に信長を観察し、だらしない着流し姿で現れた「尾張の大うつけ」を密かに嘲笑しようと待ち構えていました。しかし、会見の場に現れた信長は、髪を正しく結い、威厳に満ちた正装をまとっていました。
さらに信長が率いる足軽隊が、当時の最新兵器である長槍と鉄砲で整然と武装している姿を目の当たりにした道三は驚愕します。会見後、道三は重臣の猪子兵助に対し、「我が子は必ずあの男の門前に馬をつなぐ(軍門に降る)ことになるだろう」と嘆息交じりに予言しました。娘婿の底知れない器量を見抜き、自らの血族の敗北を悟った道三の先見性の高さを物語る名場面です。