ダリが本作を描き上げたのは1931年、彼が27歳のときでした。当時のヨーロッパは世界恐慌の余波と全体主義の台頭に揺れる激動の時代。ダリ自身はパリのシュルレアリストたちと合流し、自らの芸術的アイデンティティを確立しつつある重要な転換期にありました。
『記憶の固執』における柔らかい時計の考察を進める上で欠かせないのが、ダリ本人の自伝『サルバドール・ダリの秘密の生涯』に記された逸話です。ある夜、激しい頭痛に悩まされていたダリは、妻ガラが友人たちと映画館へ出かけるのを見送り、一人自宅に残りました。夕食の締めくくりに口にしたのは、室温でとろとろに溶けかかった濃厚なカマンベールチーズでした。
食卓を離れてアトリエに入ったダリは、描きかけだった故郷ポルト・リガトの荒涼とした海岸風景のキャンバスに目を留めます。「何かが足りない」と直感した彼の脳裏に閃いたのが、先ほどまで眺めていた「柔らかく垂れ下がるチーズのヴィジョン」でした。ダリは頭痛を忘れ、わずか2時間ほどで風景の中にぐにゃりと垂れ下がる時計を描き加え、本作を一気に完成させたと証言しています。
世間では当時台頭していたアインシュタインの「特殊相対性理論(時間と空間の相対性)」を絵画化したものだと解釈されることが少なくありません。しかし、後年のインタビューでその関連性を問われたダリ自身は、「それは時間の相対性を意図したものではなく、カマンベールチーズが太陽の下で溶けていく柔らかさのシュルレアリスム的変容なのだ」と明確に語っています。