志茂田景樹の歩みを語る上で欠かせないのが、波乱万丈という言葉すら生ぬるいその経歴です。中央大学法学部を卒業後、地方公務員、一般企業の営業職、雑誌記者、競馬新聞のトラックマンなど、幾多の職を転々としました。社会の底辺から頂点までを肌身で知るこの濃密な下積み期こそが、後に花開く作家性の揺るぎない土台となりました。
1976年に作家デビューを果たした志茂田は、精力的な執筆活動を展開。そして1980年、北海道の原野を舞台に老猟師と巨大熊の息詰まる死闘を描いた骨太のハードボイルド巨編『黄色い牙』で第83回直木賞を受賞します。文壇においてその実力派としての地位を確立した瞬間でした。
しかし、彼の真骨頂は一つの枠にとどまらない越境力にありました。1980年代後半から1990年代にかけて、髪を鮮やかなピンクや緑に染め、極彩色のド派手なボディスーツでバラエティ番組に登場。硬派な直木賞作家が道化を演じる姿はお茶の間に鮮烈な衝撃を与え、時代の寵児となりました。
芸能界で消費され尽くすことなく、1999年には自ら「よい子に読み聞かせ隊」を結成。原色の衣装を身にまとったまま、全国の幼稚園や保育園、被災地、小児病棟をキャラバンで訪問し、20年以上にわたって子どもたちに絵本を読み聞かせるボランティア活動に心血を注ぎました。テレビの狂騒から草の根の社会貢献へ。この大胆な舵切りに、彼の表現者としての純粋な芯の強さが表れています。