連載が読者に強い衝撃を与えた最大の要因は、公のプロフィールからは完全に消し去られていた細木数子過去経歴真相の生々しさでした。東京・柳町(現在の新宿区市谷柳町)の貧民街に近い環境で育った少女時代について、溝口は自著や関係者の証言を丹念に掘り起こしています。驚くべきことに、わずか中学1年生の段階で夜の街に立ち、男性客の引き込みや売春斡旋に手を染めていた事実など、生き残るために裏社会の手法を身体に叩き込んできた凄絶な生い立ちが詳述されました。
銀座のクラブママへと伸し上がった彼女が、芸能界と深く結びつく契機となった象徴的な出来事が細木数子島倉千代子借金トラブルです。昭和を代表する大歌手・島倉千代子が抱えた16億円以上とも言われる莫大な手形借金を巡り、細木は「救済者」として介入しました。しかし実態は、島倉の興行権やレコード権利を自らの影響下に置き、長年にわたって興行収益を管理下に置くという、過酷な主従関係の構築でした。当時の関係者による手記や取材証言では、島倉が細木の前に正座させられ、威圧的な言葉を浴びせられていた生々しい様子が克明に描かれています。
さらに世間を呆れさせたのが、昭和の大物フィクサーで歴代首相の指南役として知られた陽明学者・安岡正篤をめぐる細木数子安岡正篤婚姻無効事件です。1983年、当時85歳で高度の認知症を患っていた安岡に対し、当時45歳の細木は突如として婚姻届を提出。安岡家の親族は猛反発し、即座に東京家裁へ婚姻無効の調停を申し立てました。裁判所は安岡に判断能力がなかったことを認定し、婚姻無効の判決が下され、戸籍上から婚姻事実は抹消されました。溝口の取材は、この稀代の結婚劇が「政財界に太いパイプを持つ大物学者」の権威を自らの箔付けに利用しようとした策略であった実態を、裁判資料から白日の下に晒しました。