エボシ御前が悪役として片付けられない最大の理由は、タタラ場における徹底した弱者救済と実力主義にあります。
当時の封建社会において、遊女として身売りされていた女性たちを高値で買い取ったエボシは、彼女たちにタタラ踏み(製鉄労働)という重要な生産役割を与えました。男尊女卑が当たり前の中世日本において、女性たちが自立して飯を食い、堂々と男たちに軽口を叩ける環境を作ったことは、極めて革新的な社会改革でした。
さらに象徴的なのが、奥の部屋で暮らす包帯を巻いた病者たち(ハンセン病を想起させる設定)に対する処遇です。当時の社会で「穢れ」として共同体から隔離・遺棄されていた彼らを、エボシは自らの屋敷に引き取り、自ら包帯を替え、彼らの技術を尊重して新型火器(軽量化された石火矢)の開発を委託しました。
病者の長がアシタカに語った「エボシ様は、わしらを人として扱ってくださった唯一のお方だ」という言葉は、彼女が単なる冷酷な指導者ではなく、底辺に置かれた人々にとっての唯一の光であったことを如実に物語っています。声優を務めた名優・田中裕子氏の、毅然としながらも慈愛を帯びた凛とした声の演技が、この複雑な二面性に比類なき説得力を与えています。