函館赤レンガ倉庫群の真実|大火復興の歴史と2026最新見どころ

函館赤レンガ倉庫群の真実|大火復興の歴史と2026最新見どころ

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赤レンガ倉庫群の起源を語る上で欠かせないのが、創業者である初代・渡邉熊四郎の存在です。大分県出身の熊四郎は、箱館開港から間もない1869(明治2)年にこの地へ渡り、洋品や船具を扱う「金森森屋洋物店」を開業しました。当時、物流の要衝として急速に発展していた函館港において、安全な保管場所への需要を見出した熊四郎は、1887(明治20)年に営業倉庫事業へと乗り出します。これが函館赤レンガ倉庫歴史の幕開けでした。

順風満帆に見えた倉庫事業を根底から揺るがしたのが、1907(明治40)年8月25日に発生した函館大火です。強風に煽られた猛火は市街地の大半を飲み込み、熊四郎が心血を注いで築き上げた倉庫群も木造屋根から火が回り、無残にも灰燼に帰しました。預かり荷物の多くを失った打撃は計り知れず、事業の存続すら危ぶまれる危機的状況に追い込まれます。

しかし、熊四郎は挫折しませんでした。「再び火災が起きても、絶対に中身を燃やさない倉庫を建てる」。その強固な決意のもと、外壁のみならず構造全体を不燃化する抜本的な再建計画が始動します。イギリス積みの堅牢なレンガ壁に加え、屋根裏の防火区画壁や鉄製防火扉を完備。耐火性に優れた近代建築として、わずか2年後の1909(明治42)年に現在の倉庫群が再建されました。当時の関係記録や市史資料を紐解くと、この再建事業は単なる一企業の復旧にとどまらず、木造密集都市から近代的不燃都市へと舵を切る函館の象徴的モニュメントとして位置づけられていたことが分かります。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。