このスクープが芸能界に投じた波紋は、単なる熱愛報道の枠を大きく超えていました。矢口真里は2005年1月30日に飯田圭織から引き継ぐ形でモーニング娘。第3代リーダーに就任したばかりであり、就任からわずか2ヶ月半、日数にして74日目という極めて異例のタイミングだったためです。
当時のハロー!プロジェクト(アップフロントエージェンシー)には厳格な規律が存在しており、グループの象徴であるリーダーのスキャンダルは組織の根幹を揺るがす事態でした。報道直後の2005年4月14日、矢口真里はグループからの脱退を電撃発表しました。通例の華々しいセレモニーを伴う「卒業」ではなく、自ら責任を取る形での「脱退(事実上の辞任)」という極めて重い処分を選んだのです。
当時の公式発表および本人の手記において、矢口真里は「モーニング娘。のリーダーとしての責任を果たせなくなった」「ファンやメンバーを裏切る形になってしまった」と自責の念を吐露しました。自らの意志で恋愛を優先し、築き上げてきたアイドルとしてのキャリアに自らピリオドを打ったこの決断は、彼女の覚悟の強さを示すと同時に、当時のアイドル界における恋愛禁止の厳罰性を浮き彫りにしました。